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不思議な空 [仕事の事]

「ああすれば良かった」とか「こうすれば良かった」

全てがおわってから反省する事、思い返しては悔やむ事多し。

でも、全ては主の御手の中に。


仰ぐはただ主のみ。

                                                                             
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ひろみちゃん [家族の事]

大阪の地震からもうすぐ一週間。西宮も5弱の揺れで、棚からものが落ちたりした。私と夫は、所用で日曜からでかけており、その土地の朝のニュースで地震を知った。

家で留守番をしていたいっちとみんみは、飛び起きて3階の私の両親を見にってくれたそうだ。割れた硝子を片付けたり、一緒に時間を過ごして夕食も一緒に食べたそうだ。ありがとう。


阪神淡路大震災のとき、いっちは7歳。みんみは5歳、たかは3歳だった。教会が避難所になり、近所の人や教会の人たちと避難生活を送った。全国から、さらに世界中からボランティアが来て滞在した。本当に感謝だった。驚いたのは、当時まだボランティアが定着していなかった日本人は、みな着替えのみで来てくれたのだが、外国人のボランティアの方々は、寝袋持参、食料持参、その上ボランティア活動の計画書と付近の地図を持って来て、すべての活動を自主的にしてくださった。


そんな中、たぶん一番ダメージを受けていたのはみんみだった。30分ごとに腹痛を訴え、落ち着かず、しばし仕事やボランティアの世話の手を止めて、みんみを抱き上げて過ごしたものだ。

このとき、ある方が手作りの高価なお人形をたくさん持って来てくださった。震災にあった子どもたちのためにと捧げてくださったのだ。そこで、近くの幼稚園に寄贈させていただいたのだが、その方のご厚意でみんみに一体下さった。

ひろみちゃん

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今回の地震の後で、いっちが気がついたら、みんみはひろみちゃんを抱いて寝ていたそうだ。思い出したのかなあ。あのころ、よくひろみちゃんを抱いて泣いていたみんみ。怖かったね。


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梅雨の合間に [今日の事]

六月を迎え、梅雨も盛り…盛りって言うんかな…。

ベランダに水をやらなくても良いから、ほんまに楽やなあ。


梅雨前

                                    

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手前は枝豆。その後ろはゴーヤと紫蘇。紫蘇は何度も収穫しているが、ゴーヤはまだ実が見えない。
真ん中に忘れな草。もうそろそろ終わりかなあ。悲しい。
ゴーヤの後ろにシロツメグサ、雑草?そうね。でも大大大好き。
その隣りにサンチュ。その前に、すみれの鉢が隠れている。
忘れな草の後ろにあるのはかすみ草。小さな株が大きくなった。
サンチュの隣りに三種類の朝顔。その前にアイビーと…
なんだかわからないけど、毎年葉が伸びて白い花が咲く不思議な植物があるんだけど、植えたのも覚えてないし、名前もわからない。秋がくると葉は枯れて、何も植わっていないような鉢になる。でも春がくると芽を出して…。あんまり不思議なので、そのままにしてもう4年。ちゃんと忘れないで芽を出して、葉を伸ばして花を咲かせる。地味な花(笑)でも、ちゃんと生きてる。
その横にはローズマリー。
コスモスも欲しいなあ。
冷たい雨が降る朝は、餌を求めてやって来る雀
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見つめられると辛いなあ。でも、もう春を過ぎて夏が近い。がんばれ。小さな雀。養ってくださるのは神様。
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もう夏が近いのに、やっぱり静まりの時は小さなルンペンストーブに香を入れてつけてしまう。立ち上る煙に心が揺れる。ふわふわ揺れながら、思い巡らしも深まっていく。
スピードを緩めよう。
待つことを恐れないで信頼しよう。
すべてを受け入れよう。
そう思うよ。

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恐怖の左足 [今日の事]

もう何年も、ずっと正座をすることが出来ない。

しゃがむことも出来ない。

ずっと左の膝がとても痛むし、多分かばって歩くせいで右の股関節さえも痛みだしている。これはもう仕方のないことと諦めていた。


今日。

友人に連れられてある鍼灸整骨院に診療を受けるために出掛けた。随分迷ったし、果たして良くなるのかどうかもわからないのに、お金をかけて治療をしてもらう必要があるのかとも思った。

でも、そこに通っている友人たちが、本当に腕のいい先生だと口を揃えて言うので、一度行ってみようと思ったのだ。


結果。

先生は、私の体全体を見てから、右足を持ち上げ「この右足は何かありましたか?」だって。


実は50年前に捻挫をして、中途半端な治療をした足だった。小学校4年生の時に、体育館で友人とぶつかって転んだ時にひどく捻ってしまい、しばらく立ち上がることが出来なかったほどの痛みを感じた。

小さな町の、小さな診療所で、電気治療をし、湿布と包帯を巻いてもらい、しばらく松葉杖をついて過ごした。治ったのかどうだったのかも忘れていた。その右のくるぶしは、ぷっくりとふくらんでいて、それはもう50年ずっとのことなので、捻挫の後遺症なのか、何をしても治るものではないと諦めていたのだ。


先生は、左の膝が痛むのも、右の腰が痛むのも、その右のくるぶしのせいでかかとが歪んでいて、体重をちゃんと両足で支える事が出来ていないからではないか、と言われた。


なるほど・・・・。

歪んでいるのか。

だからか。

私は雨の道を歩くと、いつも左足だけに泥が跳ねる。そういえば昔、高校の友人が「恐怖の左足・・・だけど、左足に泥を跳ね上げているのは右の足だわ。」と言ったことを思い出した。


もう50年も経っている古傷が治るのだろうか。


ゆがみを直し、鍼と灸とマッサージを受けテーピングしてもらって立ってみると、足の裏の感覚が変わっていた。びっくり。


しばらく続けてみようと思う。

診療代はなんと1000円。

続けてみようと思ったよ。


治ると良いな。

正座が出来ると良いな。

たくさん歩いても足が痛くならないと良いな。

・・・走れると良いな。(今は走ることが出来ない)

いや、普通に歩けると良いな。

                                                                        

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どんなに古い傷であっても、ちゃんと癒されていなければ、体全体に痛みを及ぼすものなのだ。ゆがみは、気がつかないうちに慢性になり、そのためにしっかりと立つことさえ出来なくなる。
                                                     
私の心はどうだろう。                                                              
解決出来ていない古傷はないだろうか。そのために、ゆがみが生じているというのに気付くことが出来ずに、あちこちに痛みや苦痛を覚えているのではないだろうか。
人生の棚卸しを勇敢に、しかし細やかにするべき時が来ているのかもしれない。ただただみ言葉によって・・・。
癒しを求めて・・・。


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60周年 [仕事の事]

6月の最後の日曜日は、私の所属している教会の60周年記念礼拝。そう。私の生まれた年、1958年の6月に、最初の礼拝がもたれたので、私と同じ年なのだ。


それで、初代教会のように、ともに礼拝を捧げ、パンを裂き、交わりを持ち…と、愛餐会を計画しているのだけれど、初めて礼拝堂で愛餐会をもとうと考えている。もちろん、反対の方もおられる。

長い間古い教会堂時代、礼拝堂が礼拝の場であり、交わりの場であり、食事の場であり、祝会の場であった私たちの教会は、新しく建築される教会の礼拝堂は、礼拝だけのために用いられるものとして設計され建てられたのでした。それから36年。

さあ、どうする・・・。

歴史は変わるのだろうか・・・。


ともあれ、礼拝堂入り口から講壇まで敷いてある緋毛氈が汚れないようにと、養生シートを捜している。1,1メートルの12メートルだ。

ネットで捜していたら、このブログのバーにまで、その養生シートの広告が出るようになった。

怖い時代だなあ。

いろんな情報は流れていくんだなあ。

                                                                         
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五月だから [家族の事]

母の日に、いっちがプレゼントしてくれたのは、大好きな六花亭のお菓子。喜んで食べ過ぎないようにしなくちゃ、と思っていたけれど、あっという間に無くなりました。

美味しかった〜〜〜。

いっち!ありがとう![ハートたち(複数ハート)][るんるん][るんるん][るんるん][ハートたち(複数ハート)]

                                                                        
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五月に入り、暖かな風が吹き、雨もまた冷たい春の雨では無くなったようだ。そこで、虫に食われて全滅状態のベランダに、苗を買って来て植えた。
ゴーヤ、紫蘇、枝豆、サラダ菜、朝顔・・・。
虫除けをまいて、後は充分水をやって太陽を待つ。
狭いベランダだけど、いのちが育っていくのを見るのは本当に嬉しく楽しい。雀もやってくるけど、もう暖かな季節だから、パンのおこぼれはもうやらないよ。
                                    
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                                                                        そういうわけで、ベランダに出るのが楽しみになった。

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何の虫だろう [今日の事]


春が過ぎていく。

春蒔きの種をいくつかプランターに蒔いた。

秋咲きのコスモス。紫蘇、苦瓜、茶豆、朝顔。

日当りも良いし、水はけも良い。

直播きでも大丈夫と思って蒔いた。


ところが、コスモスの可愛い芽が出るそばから消えていく。

いくつもいくつも消えていく。


うちのベランダはヒヨドリも来るし雀も来る。そこで、鳥よけのネットを張った。しかし、何の効果もない。とうとうたった一つ残った可愛い芽が消えた。

消えたというのは、大げさな表現ではなく、夕方に開いた新芽を確認したのに、翌朝早く見てみると、何もなかったことになって黒い土だけが「シン」としている。

虫だ。

どうしたらよいのかわからない。

どんな虫なのかもわからない。

誰か教えて。

古い土をよみがえらせる再生土を使い、深く掘り返して肥料をやり、十分乾かしてから種を蒔いたつもりだが、あかんかったらしい。

残念です。


今度は苗を買って来よう。


忘れな草は相変わらず元気に咲いている。心が和みます。                                                 

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下ばかり見ていると、目の前の出来事に心が捕われて、時を過ごすことが辛くなる。右往左往しながら、追い立てられるように過ごしている。時には目を上げて天を仰ごう。そうしよう。
                                                                          
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眠れない夜 [仕事の事]

今週夫は教団の理事会等のようで水曜迄出掛けている。

私は、月曜日から10月にもたれる大きな集まりのためのミーティングがいよいよ始まり、これから毎月協議が積み重ねられる。私たちの教会は、長年、音楽・舞台を担当させていただいているが、今年はなかなか引き受け手がいなかった祈祷係もいっしょにさせていただくことになった。親しくさせていただいているS先生とともに、これからの奉仕を整理していかなくてはならない。

最寄りの駅をおり、暑いほどの陽射しの下、ミーティングがもたれる教会迄歩く。途中少し時間を調節したので、ちょうど良い時間に着いた。気持ちのよい時間だった。会場には半年ぶりのスタッフの方々が集まっている。この集まりには“長”はいない。みな仲間として信頼し、また協力し合っている。そこが私にとって嬉しく喜ばしいところだ。これから10月迄の間、毎月のミーティングと祈り会がもたれるのだ。「いよいよ今年も始まった」という思いが新しく与えられ、無事にミーティングを終えて家路に着いた。

今週は、火曜にガスの点検と聖書の学び会と午後に来客がある。金曜には、女性会しもべ会のミーティングがある。

そして、次週の分級の準備と・・・何と礼拝メッセージの準備がある。本当はさらに日曜から女性のためのリトリートを計画していた。参加者の都合でリトリートは延期になったのだが、考えてみるとそれで良かった。多分十分な準備をしてその集まりを迎えることはむずかしかったかもしれないと思う。


音楽・舞台係に、さらに祈祷係を引き受けたとき、心の中に深く神様に祈る思いを与えられた。出来るか出来ないかではなく、神様に信頼させて下さいと。真心込めて仕える思いを与えて下さいと。そして、そのことが喜びであり続けますようにと祈った。

私たちは虚しいことに仕えているのではなく、神様の栄光のために仕えているのだから。みこころの通りに水を汲むものとされたいと心から願っている。これはきれいごとではすまない。実際に多くの時間と労力を用いて、様々な思いやことばによる誘惑を退け、どうしても達成しなくてはならないことだからだ。

そんなことを思い巡らしていて昨晩は寝られない夜を過ごした。

暑かったしなあ。


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お出かけは・・・ [今日の事]

昨日はとても良いお天気で、暑くはないけれど気持ちのよい風が吹くお出かけ日和の一日だった。

教会のご高齢の方々の集まり「おさんぽの会」では、一年に一度の外出日で、昨年は淡路島に行ったのだが、今年は万博公園に出掛けた。


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チューリップとポピーが満開。歩くのが苦手な方はニフレルに行った。

私は母と一緒に過ごしたので、ほとんど歩かず、移動しては休み、トイレに行っては休みで、楽して過ごした。

それでも疲れて、今日は一日からだが怠い。

遊びにいくのにも、次の日の疲れを考えなくてはならない年になりましたなあ。

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忘れな草 [家族の事]

いっちが春だというので知らないうちに何かの苗を買ってきて、ベランダの鉢に植え付けた。しばらくして葉が伸びつぼみが出てきたのを見てみると、私の一番大好きな花「忘れな草」だった。


子ども時代を過ごした北海道の家の前は、広い広いどこまでも続く(子どもだったからそう見えた)田んぼだった。真ん中に小川が流れていて、その土手に一杯の花が咲いていた。

ミズソバやイヌタデやシロツメクサやムラサキツメクサやナズナやハコベやオオバコに混じって忘れな草がいつもいっぱい咲いていた。


雪が消えて田んぼが耕され、水を張る頃になると、私たちは毎日毎日来る日も来る日も田んぼで遊んだ。

さらさら流れる小川には、メダカが泳ぎ、田んぼにはカエルの卵が渦を巻く。


「忘れな草」を買って来てくれたいっちは、私の還暦のお祝いということだった。「ありがとう、いっち。」


暖かい日が続いて花は満開である。


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それでも春は来る [想い出いろいろ]

レントの季節が過ぎていく。

この日曜日は棕櫚の主日。今週は受難週だ。

レントのみ言葉通読表を読み進めている。

思い巡らすことが多い。忘れないように手のひらに書き込む。


わかっているようでわかっていないこと。

当たり前?いや。当たり前ではないことがあまりにも多すぎる。

わかったつもりでわかっていないこと。


「愛すること」は、どうしたらわかるの?

いや、そもそも「愛する」とはどういうこと?

そう、知恵で応えようと思ったらいくらでも説明する言葉は出てくる。でも、わかっている。そういうことではないよね、「愛すること」とは・・・。


ああ、何と鈍く高慢でいい加減な者か。

思い巡らすことをせず、忘れたようにして大切なことをないがしろにしている。


それでも、なんと・・・愛されているということ。

両手を上げて感謝しよう。

愛することを決心しよう。

そして、愛することを追い求めよう。

追い求め続けよう。

明日は洗足木曜日。


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遠い光 [その他いろいろ]

所属している教団の総会が、今年はイースターの日程で四月にずれ込み、大学生や子ども達は学校が始まるので参加が出来ない事になった。
うちは、いっちもみんみもたかも、仕事の休みを取って参加する。
毎年毎年の家族の恒例行事だ。まあ、私たちは行かなくてはならないわけだけれど、子ども達はとても楽しみにして参加してくれるわけだから本当に感謝だ。
ところが、五日間も留守にするということは、父の介護のやりくりをしなくてはならないという事。幸いな事に、今回は鎌倉の妹が留守番に来たくれ、三日間はショートステイにお願いする事になった。委ねよう。
私の持病は数値との戦いだけれど、いかんせん身体のあちこちに現れる様々な合併症の症状に落ち込むこともないわけではない。
来週は、大きな治療を受ける事になり、少し落ち込んでいるが、なる様にしかならないし、それで良いのだ。
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厚い雲が覆っていても、わずかな隙間から光は差し込む。黒い雲ばかり見ていると、気持ちは不安と恐れで一杯になるけれど、遠いところに差し込む光は、変わらない約束を思い出させる。
「共にいてくださる方」が、眠る事なくまどろむ事なく私を見守ってくださる。恵みは満ち足りている。
空の鳥を見よ。
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優しい雪 [今日の事]

一月も終わりにさしかかり、関西も気温が低くなり雪の予報が出た。

私のすんでいる町は、台風の予報の時も、嵐の予報の時も地域が外れているのかどうなのか、台風の被害もなく嵐も来ないことが多い。とても穏やかで静かな天候の日が続く。

でも、さすがに昨日も今日も雪が降っている。

いつものへなへなと舞う小雪ではなく、水分の少ない大きなふわふわした雪が、どんどん降ってくる。北国のように強く降り続くことはないけれど、弱くなったり強くなったりしながら降っている。


北国と違うのは、家の中が寒いことかな。

暖房は普通のエアコンしかないし、設定温度を上げても温かくならない。灯油のストーブも置いていたこともあったけれど、冬もまあまあ暖かいので、使うことはほぼなかったように記憶している。

でも、年とともに(住人の年齢)部屋の中の“しん”とした冷たさに凍える。


雪が舞っていても陽は明るく差しているので、洗濯機のスイッチを入れてしまった。どうする……。


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今日のこと [今日の事]


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誕生日のお祝いにいただいた手作りのバラの花の額

全部で60個 

一つ一つが私の過ごした年月だ。悩みの日もあれば感謝の日や喜びの日もあった。それぞれが、過ぎ去ってみるとこのように一つの花として、私の人生の中で咲いているのかな。


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お祝いに送って下さった花束
シックで深みのある花の色は、年齢にふさわしいね。こんな豪華なお花をいただくことはないですね。本当に嬉しいです。
今日は、父の85歳の誕生日。
そう私は父の25歳の時に生まれた長女なのだ。考えてみると、若い父であったのだなあ。ということで、いつものように色紙をプレゼント。父の愛誦聖句であるマタイの福音書3章17節を、文語体で書いた。
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私の誕生日の二日前に小さな聖書研究会の集まりがあった。年度始めということで、いつものようにコラージュをした。それぞれの思いが込められた作品となった。アイデアをこらしたもの、素直にそのままの思いを込めたもの、分かち合いの時も深く思い巡らす時となった。                                   
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還暦を前に [家族の事]

新年は慌ただしくやってきた。

なんだろう…この落ち着かない感じ。

そんなに忙しく過ごしているつもりはないのに、じっくりと腰を落ち着けて何かをすることが出来なくなっている。

毎日が父の介護に始まり、介護に終わる。それはリズムになってきていて、家族もそれに馴れてきている。それが出来るということは感謝なことであるし、何の文句もない。それでもやはり、時間は制限され、縛られていると言っても過言ではない。

気持ちは落ち着かず、安心も出来ない。いのちを預かるということはこう言うことなんだな。



朝起きて、いつもの静まりの時を持つ。聖書を開き、思い巡らし、ノートに書き留める。この一日の始まりの時が、落ち着いて持てる時と、心の中で焦る気持ちが騒ぐ時と、果てしなく眠くだるい時がある。でもいい。それでいい。いろいろでいいんだ。

天気を見て洗濯機を回し、朝食を用意し、薬を飲み(これは自分の)食事をしながら朝ドラを見ると、父のお世話の時間になる。何時までかかるかは、そのときその時で違うのだから、焦らない様にする。それでも、デイサービスのお迎えが来る日は、間に合うようにと願う。父のスピードを変えようとするのではなく、準備と導きがうまく行くようにしなくてはならない。急いでもらっても良いことは何もない。父の気持ちがいらいらしたり、傷ついたりしないように…。

送り出してほっと一息。デイサービスに行かない日は、もう少しゆっくり。

この朝の一時間半ほどの時間が、仕事や急用で取れない時が問題なのだ。誰にも頼めないので、今のところ仕事も急用も入らないようにと祈るしかない。どうしようもない時は。腰を痛め、肩を痛めている87歳の母が、まさに老老介護の状態で支度をしなくてはならなくなる。


そんな父が昨年からショートステイを利用するようになった。2泊3日の間、優しくお世話をしてくれる介護士の皆さんに父をお願いし、母も私も二日間のんびり朝を過ごすことが出来る。初めは父に申し訳ないような気持ちだったが、帰って来るたびに冴えて言葉数も多くなる父を見ていると、かえって良かったと思える。


明日は私の60歳の誕生日。

日々は移り変わる。生活も状況も変わって行くのだ。そのことを心から喜んで受け入れることが出来るように、私たちの心が柔らかな豊かな平安と愛で満たされて行くことが出来るように祈っている。


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今年のみ言葉 [その他いろいろ]

今年は、クリスマスがあっという間に来てあっという間に過ぎて行った。年末の今も、明日が大晦日だなんて信じられない。

実感もなし、備えもなし(笑)ひたすらばたばたばたばた。

でも、心は「待つ!」と「静かに!」を繰り返している。

多分ばたばたばたばたじゃなくて、淡々と次々に…かな。

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この一年、様々な失敗もあったし、辛い思いをしたこともあった。自分ではどうしようもなくもどかしい思いもあった。また、自分の力や知恵の限界に直面して落胆したり、申し訳なく思ったりもした。
でも、そんな中で心に決めたことがある。
一つひとつの出来事に対して心に思い巡らす場所を持つこと。
待つことを恐れないこと。(勇気を持って待つこと)
起こって来る様々なことに対して、深呼吸をして考えること。そうすると、一番良いこととは人の考えの中にはないことを教えられる。
空を見上げること。(大好き)
山を見上げること。(大好き)
心を大きく開いてみことばを味わうこと。すぐに解釈しないこと。結局のところ、み言葉は人の言葉や考えには収まらないということ。
新幹線から夕焼け2.JPG                                               
一日の労苦は一日で充分。
明日のことは、明日が心配する。
今年のイヴに与えられたみ言葉は
「神はあなたがたに、あらゆる恵みをあふれるばかりに与えることがおできになります。あなたがたが、いつもすべてのことに満ち足りて、すべての良いわざにあふれるようになるためです。」
第二コリント9章8節
でした。
[黒ハート]Amen[黒ハート]

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クリスマスが始まった [その他いろいろ]

クリスマスおめでとうございます。

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阪神西宮駅コンコースのコンサートも無事に終わりました。
                                                                         
教会のイヴの集いも祝福のうちに終えることが出来ました
でも、クリスマスは終わったのではありません。
始まったのです! 
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ぶどうの実り [想い出いろいろ]

クリスマスの準備が続いている。

細々したことが目白押しだけれど、一つひとつ心を込めて仕上げて行きたいと思う。そう、2017年のクリスマスは一度だけだから。


世間は24日のイヴが最大の盛り上がりみたいだけれど、本当のクリスマスは12月25日。12月25日は、クリスマスが始まる日。


北の国の小さな町の小さな教会のクリスマスを思い起こす。樅の葉の緑の香りと、色とりどりの硝子玉の輝き。木製の小さな粗末なろうそく立てに、ヒイラギをさして、小さなキャンドルの光が揺らめく。オーナメントは数少ないけれど、一年に一度クリスマスに会える懐かしいものばかり。窓にビニールを張り巡らしてもどこからか吹き込んでくる粉雪に凍えながら、小さな礼拝堂の中、家族でツリーを飾り付けてクリスマスを祝う。


何年経っても思い出は薄れることがない。



与えられた環境や状況を、良いこととして受け入れることは簡単なことではないけれど、感謝する時にすべては変わって行く。困難も苦しみも悲しみも、様々な問題も、貧しさも病いさえも。その中にあってもそれらに勝る平安と喜びがあることを知ってから。「それでも良い。」いや「それが最良のこと。」と知ることが出来たから。それがクリスマスの喜び。

豊かな溢れるばかりのぶどうの実りは、困難と痛みの汗と涙と忍耐の後に備えられ与えられるものだから。


                                                                        

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これは今年のうちの玄関

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美味しゅうございました。 [仕事の事]

先週大阪である集まりの委員会があった。

いつも難しさを感じる委員会だったけれど、今回はとても感謝な会議だった。ホテルでクリスマスを記念しての会食の時を持ちながら、将来についてのこと等を話すことが出来た。先の見えないもどかしさがいつもあったけれど、今回の会議で少しほっとすることが出来た。感謝。

ということで、その時のデザート。


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たいそう美味しゅうございました。

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七年前の記事から

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「生きていくとき涙を流すことがある。

 生活の苦しさ 孤独の寂しさ
 愛を失った空しさ 病いの痛み
 理解されない悩み 裏切られた悲しみ

 その時々に涙が あなたの目からひと雫 またひと雫
 溢れて頬を伝わって 
 あなたの手のひらに落ちることがある。

 でも、あなたは忘れてはいけない。
 明日が日曜日であることを。

 さあ、元気を出しなさい。

 神様にすべてをゆだねなさい。 

 明日は日曜日。


 日曜日ともなれば………」

友人からのはがきに書かれた「信仰偉人伝ヨハンナ・スピーリ」の一文。



本当にその通り。

私は、明日は日曜日、と思うと心の底から喜びと感謝が湧いてくる。

私の神様に礼拝を捧げることが出来る喜び。

私のようなものに礼拝を捧げることが許されている感謝。


明日は日曜日だ。

そう

日曜日ともなれば…

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ちょっと一息 [今日の事]

今日は、メンバーの方々にお渡しするクリスマスカードを作成。こういう単純作業は、頭の中でいろいろ考えを巡らしたりあれこれ想像したりできるので、好き。100枚出来上がり。


その後、隣りの教会に差し上げる栞を作成。こちらは160枚。


ついでに、うちの分も作成中。たぶん240枚中50枚は出来たかも。これは途中でものすごく眠くなる。すっごく眠くなる。本当に眠くなる。そういう時はちょっとだけ他のことをして目を覚ます。


その後、明日の聖書学び会のテキストを作る。一生懸命必死になってパソコンに向かう……ちょっと忘れてたから……一生懸命……大丈夫〜大丈夫〜。


その合間にしたこと。昼食をとる。ベランダの洗濯物を裏返す(寒くてなかなか乾かない)。父のお迎え。洗い物。4階のお義母さんがおリンゴを持ってきて下さる。訪問者(「聖書を学びませんか?」という方々)。ちょっと休憩としてのゆず蜂蜜作り。夕食の足りないものの買い物をメモ。メールを見る。メールに返信する。会議のアジェンダの確認。カレンダーに書き込み…と確認。いきなり!ペン立ての整理。書けないボールペンの芯を取り替える。取り替え式じゃないのを捨てる。さようなら。机の上の片付け。


途中本当のちょっと一息。

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このストーブ型のお香置きは、大好きな大好きな「美瑛の丘のおもちゃ屋さん」で見つけてとりこになってしまっていただいたもの。北海道で育った私にとっては、懐かしい故郷の、今はない、懐かしい家の小さなストーブ(昔はルンペンストーブ等と言った)そのもの。好きなコーン型のお香を入れて蓋をすると、煙突から煙がでると言うもの。
煙を見ながらぼーっとしていると、本当に幸せ。10分あまりの幸せに浸り、煙がでなくなったら現実に戻って仕事を続ける。
お供はほうじ茶(四杯は飲んだかな)と、いっちのキャンドル(減ったら困るのですぐ消す)。
こんな感じで一日の昼間の時間が過ぎて行く。

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みことばの栞 [仕事の事]

今年もこの季節が来た。

いヴの集いにお渡しするみことばの栞を作っている。


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今年は240枚。

新しい聖書を使いますよ〜。




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紅葉 [その他いろいろ]


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奇麗な紅葉は陽の光に輝いて、もうすぐに枯れて散ってしまうのに、そんなことはちっとも悲しまない。

だってそれは、次の季節を迎えるための大切な一歩。散ってしまう一枚の葉だって決して無駄にはならない。土を肥やし、寒い冬を越えるための温かさを与える。

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いのちはいつも輝いているんだね。

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冬です [想い出いろいろ]

季節は変わり年月は過ぎる。

北国では今年の雪が早かったと、ニュースで知った。

なるほど。



私が北海道を離れて内地に引っ越しをしたのは、今からもう44年前(うわー!びっくり!)の11月3日だった。

その日その年初めての雪が降った。

毎年必ずやって来るその初雪は、いつもの年とは違って、私たち家族にとって、住み慣れた北海道を離れる悲しみや寂しさや、不安や少しの期待をとても深いものにした。

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両親にとっては、志半ばで全てを置いて行かざるを得ない、断ることなどできない苦しい転任だった。私たち四姉妹は、何も知らずわからず、なぜこんな季節に引っ越しをするのかも理解できずに旅の支度をし、フェリーに乗って北海道を離れる珍しさに心を奪われていた。


あれから44年。

それでもやはり私にとって、北海道は故郷であり慕わしい土地であり、いつでも帰りたいと思っていた所であった。もう、友人もなく知った人も少なくなり、様子もすっかり変わってしまったその小さな町を、どうしてこんなに胸が痛く苦しくなるほど懐かしく想うのだろう。

何度も何度も繰り返して言う。

故郷を慕わしいものとして思い返すことが出来る私は幸せなのだろう。帰ることが出来なくても、待つ人もなく、たとえ帰ってもかつての姿はなかったとしても……。



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秋の夕焼け [家族の事]

一週間が過ぎて行く。毎日、父の介護をしながら過ごしている。決まったことを決まったように、手順を踏んで進めて行く。父が几帳面で、きちんとするのが好きだから。

でも、すべてのことは思い通りには行かないもの。体調やアクシデント。様々なことによって予定は変わり、手順は乱れる。デイサービスのお迎えの時間が迫っていても急げば父の心も穏やかではなくなる。

手順の通り行っても良し、いかなくても何とかなるものだ。上手くスムーズにいくことばかりが良いことではないのだと、この年にしてようやくわかって来た。

待つこと(無駄な時間と思える時を過ごすこと)

手を出さないところ(手順良くいかなくても意味を見いだすこと)

手伝わせてもらうところ(助けるのではなく共同作業)

介護者は私一人ではないと知ること(母の思いを知ること)


父の介護の生活が始まって、諦めなくてはならないこと等も増えて来たけれど、多分それはしてもしなくても良いこと、あるいはあってもなくても良いことなのだろう。


冬が来る。

寒い北海道で、秋に入ると両親と一緒に家族みんなで冬支度をした。窓にビニールを張り、それぞれの部屋のストーブの煙突を掃除し、裏の小屋にはストーブの燃料の糠を積み、薪を割り、薪を切り、薪を積む。手伝いにしか過ぎなかったけれど、長く長く続く冬のために、そうしてゆっくりと心を注いで準備をし、やがて音もなく訪れる冬を迎える。

冬は理不尽な寒さと大雪とともにやってくる。もうそれは、避けることも逃げることも出来ないのだ。


多分老いるということもそうなのかもしれない。

夜寝る前に静かに祈る父のそばに座りながら、やがて訪れる自らの老いを思わされた。



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結婚記念日でした。 [家族の事]

11月3日は、私たちの結婚記念日。31年目。


昨年に引き続き新婚旅行先の六甲山に登った。

あまりに人が多いので、有馬へ・・・。

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行き当たりばったり感が拭えないけれど、とりあえず…。

でも、三連休の初日、秋の良い晴れの日。人も車も多いはずだよ。

行くところ行くところ人の山と車の渋滞。

仕方がないので、次は六甲山牧場へ。

懐かしい〜〜〜!子どもたちと良く来た。


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それでも、楽しく過ごした。


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30年前、生まれたばかりのいっちを連れて、六甲山と有馬に行った。その時に、素敵なカフェを見つけて三人で入った。

今もあるかどうか、道を歩きながら「これじゃない?」と入ったら、ビンゴだった。カフェのママに聞いてみると、そこは36年前に出来たそう。中は確かに36年の年月を感じさせるけれど、コーヒーも景色も最高でした。何より懐かしい。いつかいっちを連れて来てみたいと思った。


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一旦父の排便の介助のため家に帰り、改めて夕食に出掛けた。

こういうところ、年月を感じるね。


ただただ多くの方々の支えととりなしと助けを覚える。

また、すべては神様の恵みとあわれみ。

感謝です。


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作品でっす(笑) [今日の事]

今日は月一回のご高齢の方々の交わり会「おさんぽの会」だった。

急に寒くなったせいか体調を崩した方もあり、出席者は多くはなかったけれど、相変わらず毎回あちこちで大爆笑の渦。


今日は、クリスマスの愛餐会の時に「おさんぽの会」で発表する紙芝居の塗り絵をした。絵や文字は苦手の方もあるけれど、反対にとっても好きな方もあり、まあ時々苦手なことをするのも良いかなと思って、毎年の恒例になっている。


今回は、二人一組になって一枚の絵を仕上げるシステム。これなら、完成しなくても良いから、お話に花が咲いても良いし、楽しく過ごせるかな?と思って…。

 

それぞれ自己紹介をして(初参加の方がおられたので)お口の体操をして(北原白秋「五十音」を読む)二人で組んでもらって、10枚の絵の中から好きなものを選んでもらって書き始める…いや、塗り始める。


いやーーーーーーーーー

個性溢れる作品ばかり。

素晴らしい!


初めに「はみ出しても良いし、好きな色を塗って下さい。きちんとしなくても大丈夫、楽しんで塗って下さい。」とご案内。でも、もう人の話なんか聞いちゃいない。皆さんとても真面目で、きちんと塗らなくてはと思って初めはとても緊張気味。そのうち、お話が楽しく進み、あちこちでいい雰囲気だった。


お食事の時間になると、丸テーブルを囲んでスタッフの心づくしの御馳走が並び、あちこちで歓声が上がる。楽しかったーーー。いつも、食事の時に大笑いが起きる。一人で住んでおられる方もおられるので、一ヶ月に一回でも大人数でわいわいと食べる食事はやっぱりおいしいと言われる。

良かった。



作品でっす(笑)


まだ未完成。これから仕上げます。


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今出来ることは一つ [今日の事]

秋の大きな集まりを無事に終えて、少しぼーっとしてる……間もなく、その反省会やフォロー委員会や、報告をまとめたり等の後処理に苦心している。かつて安心しちゃってぼーっとして、次年度を迎える時に大苦戦したことがある。


まあ、何でも十分に反省し、次のために準備しておくことは大切なこと。

教訓を教訓として生かさなくちゃね。


それでも、この頃は「てーげーてーげー」になって来て、きちんとすることばかりが良いことではないのだと、ようやくにして悟るようになった。


少しの余裕があることが、次の時に自由な選択や工夫を生むってこともある。一人でしていることではなく、チームでしているということも大切にしなくてはならないこと。神様がして下さるという原理原則を損なわないこと。


あれもこれも同時進行が山盛りの中で「良くやってるよ」と独り言。

山盛り仕事の自転車操業状態は仕方ないとしても(だってねえ、それだけじゃなくて家事もあるし、家族の世話もあるし、突発的出来事もあるしねえ)「焦らず慌てず諦めず」が家訓の家に嫁いで来たのだから……嫁いで??死語??いやいや。だからね。だからよ。


身体は一つ、心を込めて今出来ることも一つ。

一つひとつ・・・だね。


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私は枝

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